2009年08月11日

文鮮明先生自叙伝

久々に更新します。文先生の幼少期を知る内容が盛りだくさんです(^0^)

1. ご飯が愛である
父の背中におんぶされ学んだ平和

わたしは生涯一つの価値だけ考えて生きてきました。平和な世界、戦争と争いがなく、全世界が愛を分かち合って生きる、そんな世界を作りたかったのです。こういうことを言うと誰かは「いや、どうやって小さいころから平和を考えて生きてきたというのですか?」と聞き返しました。平和な世界を夢見ることが、果たして雄大なことなんでしょうか?
わたしが生まれた1920年は日本がわが国を強制的に占領していた時でした。解放以降にも6.25動乱、外患危機など、力に余る混乱を様々順番に経験しこの地は平和とは程遠い歳月を送らねばなりませんでした。このような苦痛と混乱は単にわが国のことだけではありませんでした。第二次世界大戦とベトナム戦争、中東戦争など世界の人々は絶え間なくお互いを憎み合い、銃で狙い、爆弾を爆発させました。肉が裂かれ、骨が折れる混乱を経験した彼らにとって、平和とは夢でも見るようなことだったかもしれません。けれども、平和を実現することは決して難しいことではありません。わたしを包む空気、自然環境、そして人々に私たちは間単に平和を探し出すことができます。野原を我が家のように考えてすごした幼少期、わたしは朝に晩に、一つの器を要領よく空にして、飛び出して一日中を山に川に歩き回りました。あらゆる鳥と動物がすんでいる、林の中を駆けずり回り、草や木の実を摘み取って食べれば一日中お腹がすくことも知りませんでした。幼いながらも、林の中にだけ入っていけば、心と体が平安になるのが感じられました。
山ではしゃいで寝入ってしまうことも多かったです。そういうときであれば、父が林にわたしを探しに来てくれました。「龍明!、龍明!」という父の声が聞こえれば、眠りながらも、微笑がひとりでに出て嬉しかったのものです。わたしの若いころの名前は龍明です。わたしを呼ぶ声にすぐに目が覚めたけれども、眠ったままにし、ひしとおんぶされて行ったその気分、なんの心配もなく気持ちがだらっと乗っかる気分、それがまさに平和でした。そうやって、父の背中におぶさって平和を学びました。
posted by さとちゃん at 22:39| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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