2009年07月29日

文鮮明先生の自叙伝を読もう

皆さんこんにちは。つたない韓国語の力ではありますが、韓国で出版されベストセラーとなった文鮮明先生の自叙伝「平和を愛する世界人として」の日本語訳を少しづつ紹介します。とりあえず今回は序文のみ掲載します(^0^)

平和を愛する世界人として                文 鮮明

序文:冬の旱魃の終わりに夜来の春雨が降りました。どれほどにうれしいのでしょうか、朝の間ずっと庭をあちらこちら行ったり来たりしました。雨にぬれた地面では、冬の間中ずっと嗅ぐことの出来なかった土のにおいが立ち上ってきたり、シダレヤナギとか、山桜には、青い雪解けのしずくがプルプルと震えていました。あちらこちらで、にょきにょきと新しい生命が芽吹く音が聞こえるようです。あとについて出て来た女房は、いつの間にか乾いた芝の上にぴょこんと突き出た若いヨモギを摘み取ります。夜間に降った雨のおかげで、全世界がかぐわしい春の庭園になりました。
世の中が騒がしかろうがなかろうが、三月なので間違いなく春が来ています。老いるにつれますます、このように冬が過ぎれば春になり、春になれば花が満開になる自然がいっそう尊く感じるようになります。わたしが何であろうと、神様は季節ごとに花を咲かせ、雪を降らせ、生きている喜びを下さるのか、胸の内のあの奥深い場所から愛が満ち溢れて,のどが詰まったような感じになります。本当に尊いものをただ同然で頂いたという思いに目頭が熱くなります。一生を世界平和のために東奔西走し、地球を何べんも回りましたが、ここ、春が訪れる庭にて平和そのものを体験します。平和はむしろ神様が無条件に下さるものだけれど、私たちはそれをどこかで失い、まるっきり別の場所で探そうと努力しているのか、角が立ちます。
平和世界をなすために、わたしは一生の間、世界の隅々を探してたずねて行きました。飢えた子供を成す術なく見守るばかりのアフリカのお母さんたちと、釣りをする術を知らず、川の水の中に魚がたくさんいるけれども、食べさせられない南米のお父さんたちにも会いました。わたしは彼らに食べ物を少し分けてあげただけなのに、彼らはわたしに愛を施してくれました。わたしは愛の力に陶酔し、原始林を掘り起こし、種を植えて、木を切り学校をたて、魚を捕まえてお腹がすいた子供たちに食べさせてあげました。蚊に全身を刺されて、蚊を夜の間すっと捕まえても幸せでしたし、黄土の中に脛がずぼっと沈んでも、寂しそうな隣近所の顔からかげりが消えてしまうのを見るのが嬉しかったのです。
平和世界にいたる近道を探して、政治を変化させ世相を変えることに熱中しもしました。ソ連のゴルバチョフ大統領に会って共産主義と民主主義の和平を指導したり、北韓の金日正とも会って韓半島の平和について談判しました。また、道徳的に崩壊していくアメリカに行き、宗教も精神を覚醒させる消防士の役割をして、世界の紛争を防ぐことに没頭しました。イスラム教徒とユダヤ人の和合のために、テロが横行するパレスチナに入っていくことを恐れず、ユダヤ教とイスラム教、キリスト教徒たち数千名をあつめて和解の広場を準備し、平和行進を始めることもしましたが、葛藤はいまだに続いています。
しかし、いまわたしは、わが国で平和世界が大きく開かれる希望を見ています。おびただしい苦難と分断のかなしみで鍛錬された韓半島で世界の文化と経済を牽引していく機運が満ち溢れほとばしるのを全身で感じます。新しい春が来るのを妨げられないように、韓半島に天運が訪ねてくることも、私たち人間の力ではどうにもなりません。押し寄せる天運に従って、私たち民族が共に跳躍するため、心と体の準備をしっかりしなければならない時です。
わたしは名前を自慢しても、世界ががやがや騒がしくなる世界の問題人物です。平和も名誉も欲しがらず、ただ、平和だけを語り生きてきただけなのですが、世界はわたしの名前の前に沢山の別名をくっつけて拒否し石を投げつけました。わたしが何を語るのか、何をする人間なのかは知ってみようともせず、ひたすら反対からしました。一時、植民統治時代と、北韓共産政権、大韓民国・李承晩政権、そしてアメリカから生涯六度も主権と国境を出入りし、いわれのない獄苦を通過しながら、鉄格子が仲間であり、血を流す苦痛を経験したけれども、わたしの心の中には小さい傷一つ残っていません。真の愛のまえに傷は何でもありません。怨讐でさえも真の愛のまえでは跡形もなく解けてなくなります。真なる愛は、与えてまた与えても依然として与えたい心です。真の愛は愛を与えたということさえも忘れて、また再び与える愛です。わたしが生涯そのような愛に酔って生きました。愛以外には他のどんなものも願ったことがなく、困っている隣近所と愛をわけることに自分自身を捧げてきました。愛の道が大変で、涙が流れ、膝が折れたとしても、人類に向けた愛に捧げる心は幸福だったのです。
今もわたしの心の中にはまだ全部与えられなかった愛が一つ満ちています。その愛が干からびた大地を潤す平和の川の水となって、世界が終わる日まで流れることを祈りながら、この本を世界に発表します。ちかごろ、頓にわたしが誰なのか尋ねるひとが増えて、少しでも、彼らの助けになろうとこれまでの人生を振り返って正直に話をこの本に入れました。本の分量の限界ゆえ、まだ全部お伝えできない内容は、次の機会にお伝えできることを希望します。
その間、わたしを信じわたしの側を守って、一生を共にした全ての人たちに、全ての難しい峠を共に切り抜けてきた感謝してやまない妻・韓鶴子に限りない愛を送ります。終わりに、この本が出るまで、沢山の精誠を注いでくださった、出版社のパク・ウンジュ社長とわたしが自由に話してしまい、複雑だった内容を一般読者にも理解しやすいように整えようと玉のように汗を流してくださった出版社の関係者の皆様に心から沸き出る感謝の意を表したいです。
         
       2009年3月1日 慶畿道 加平にて     文 鮮明
posted by さとちゃん at 20:52| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月20日

夕暮れの空

今日の帰り道、中高生二世部の礼拝が終わって帰り道、空を見上げるとなんと大きな虹が掛かっていました。一年前の今日は、文鮮明先生ご夫婦を含む16名がヘリ機の墜落事故に見舞われ奇跡的生還を遂げた記念すべき日。特別な虹に思われました。20090719162.jpg20090719162.jpg
posted by さとちゃん at 12:39| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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